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2024.09.17

ACS letter 2024.9 Veterinary Oncology Meets Immunology 〜世界獣医がん学会に参加して〜

 

 

こんにちは、獣医師の新津です。

 

すこし前の事になりますが、今年3月に世界獣医がん学会が東京都内で開催され、参加してきました。

学会では、「がん免疫療法」に光を当てた内容が多くみられ、従来のがん治療(外科的治療、放射線療法、化学療法)に次ぐ第4の治療法となるかどうかに注目が集まっていました。

 

 

今回のACSレターでは、がん免疫療法について整理し、動物医療での研究の進捗状況についてご紹介していきたいと思います。

 

 

  • がん免疫療法とは

従来のがん細胞自体やがん細胞を標的とする治療(外科治療、放射線治療、化学療法)とは異なり、生体が本来持つ抗腫瘍免疫応答を活性化し、がん細胞を攻撃して駆追しようという試みです。

 

 

 

免疫療法の種類

 

  1. 非特異的がん免疫療法

特定の腫瘍細胞を標的とせずに、全体的に免疫系を活性化して腫瘍に対する免疫応答を活性化する方法です。古典的には結核の予防に使用されているウシ型結核菌(Bacille de Calmette et Guérin:BCG)を用いた膀胱癌治療が行われていました。また、サイトカインI型IFNは腎臓癌および悪性黒色種、I L2は血管肉腫の治療に用いられてきました。

 近年注目を集めているのが、がん免疫抑制機構のうち免疫チェックポイント分子に対する阻害薬です。免疫系は過剰な免疫応答をコントロールし、免疫応答の恒常性を維持するため、様々な免疫抑制機構を有しています。その一つが免疫チェックポイント分子(PD-1やCTLA-4など)と呼ばれる分子群です。がん患者では、免疫機構が抑制的に傾き(免疫寛容)、抗腫瘍活性が低下している場合があります。抗PD-1抗体や抗CTLA-4抗体は、積極的な免疫応答を担うエフェクターT細胞を活性化することにより、抗腫瘍活性を回復させることが期待されています。また、免疫制御機構に不可欠な細胞として、制御性T細胞(Treg)の存在が知られており、Tregを標的とした治療薬の研究開発が進んでいます。

 

  1. 特異的免疫療法
  • 抗体療法

がん細胞に特異的に発現している分子に対して単クローン抗体を作成し、特異的にがん細胞を攻撃する治療法です。B細胞表面に発現するCD20に対する抗体、上皮成長因子受容体(HER2など)に対する抗体などが、既に本邦でも臨床現場で用いられ、大きな効果をあげています。

 

  • がんワクチン療法

がん細胞自身を不活化したものや、がん抗原(ペプチド、蛋白、DNA)を投与することにより、患者自身の免疫システムを活性化し、がん細胞を認識させて攻撃する治療法です。

 

  • 細胞療法

がん組織に浸潤するT細胞を取り出して試験管内で培養し、エフェクターT細胞を増殖させ、患者に戻す治療法です。近年では、遺伝子組み換えによりがん細胞を特異的に認識して攻撃するように設計されたT細胞を体内に戻すchimeric antigen receptor(CAR)-T細胞療法が注目されています。

 

 

 

 

  • 動物医療におけるがん免疫療法

では、獣医学分野においてがん免疫療法の研究開発や実用化の状況はどうなっているでしょうか?学会での報告をもとにいくつかご紹介いたします。

 

 

免疫チェックポイント阻害薬

 各国の大学や研究機関で犬や猫のPD-1/PD-L1及びCTLA-4に関する研究が進行中です(図―1)。最近、米国からPD-1阻害薬であるギルベトマブが、犬の悪性黒色腫の治療薬として、条件付きで商用承認されました。本邦においても、複数の研究論文が発表されており、新薬の開発に繋がる事が期待されます。

 

 

図―1. 犬と猫における免疫チェックポイント阻害薬に関する研究報告

(ペンシルバニア大学 Mason先生の講演スライドをもとに作成。投稿雑誌名と発表年度、N=は症例数を示す。)

 

 

 

Treg標的治療

 

Tregはケモカインとケモカイン受容体(CCR4)の相互作用を介して、腫瘍局所に動員されると考えられています。抗CCR4モノクローナル抗体(モガムリズマブ)は腫瘍組織中のTregの増殖を抑えるという仮説のもとに研究が進められています。東京大学の前田真吾先生のグループは、犬の膀胱癌に対するモガムリズマブの有効性を報告しています(図―2)。

 

図―2. 膀胱癌治療にモガムリズマブを使用した症例のエコー画像(Maeda, 2019)

膀胱三角に発生した腫瘍が縮小し、部分寛解が得られています。 

 

 

 

抗体療法

・犬のリンパ腫に対するCD20標的治療

びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)の犬は、最初はCHOP化学療法によく反応しますが、最終的には化学療法耐性を発症して再発することが多く、2年生存率はわずか20%で、大幅に改善されていません。ヒトのDLBCLでは、CD20標的抗体であるリツキシマブが導入され、CHOPと併用したR-CHOP療法により患者の生存率が大幅に向上しました。それを受けて犬のB細胞リンパ腫においても同様の治療法が検討され、抗犬CD20モノクローナル抗体の開発が試みられています。山口大学の水野拓也先生のグループは、遺伝子組み換えによる抗イヌCD20モノクローナル抗体の開発に成功しており、現在、高悪性度B細胞リンパ腫症例における有効性の調査が進行中です。

 

 

 

 

がんワクチン

・DNAワクチンであるOnceptRが、2009年に米国で犬の口腔メラノーマの治療

薬として認証・販売されています。対象となるのは、腫瘍原発巣の外科的切除(必要な場合は所属リンパ節の摘出)を実施したステージⅡまたはⅢの症例で、生存期間の延長が期待されます。本邦でも今年3月から、条件付きで販売がスタートしており、臨床試験が進行中です。

 

・欧州では、犬のテロメラーゼ (dTERT) を標的とした遺伝子ワクチン Tel-eVax が、犬のDLBCLでCOP 化学療法との併用により効果をあげているようです(Impellizeri, 2018)。

 

 

 

CAR-T療法

過去 8 年間で、犬のT細胞を遺伝的に改変し編集する手法が進歩し、CD20、HER2/neu、B7-H3、IL-13Rα2、線維芽細胞活性化タンパク質 (FAP) を標的とする犬の CAR-T 細胞が製造され、試験管内で標的抗原を発現する腫瘍細胞に対して特異的に機能することが示されています。 B 細胞リンパ腫の犬で CD20 を標的とする CAR-T 細胞を使用した研究がいくつか報告されています(Panjwani, 2016, 2019)。

【犬のCAR-T細胞作成方法の1例(図―3)】

(ステップ1)

遺伝子をHEK293T細胞に導入し、RD114 CAR レトロウィルスを作成します。

(ステップ2)

犬の血液から単核細胞を採取し、T細胞の増殖を行います

(ステップ3)

ダイナビーズという手法で犬のT細胞を分離し、その細胞内にレトロウィルスベクターを用いてCAR遺伝子を導入します。

(ステップ4)

犬のCAR- T細胞を増殖し、犬の患者に注入します。

 

 

 

 

 

  • まとめ

がん免疫療法は、患者の免疫応答を強化することでがんを攻撃するため、がん細胞に対する特異性が高く正常細胞への影響が少ない点が、他療法よりも優れていると言えます。ただし、免疫システムには正と負(免疫監視vs免疫寛容)の両側面が存在することに注意が必要です。今回の学会でご講演され、Tregの発見者である坂口志文博士は、マウスからある細胞を除去すると自己免疫疾患(胃炎、卵巣炎、甲状腺炎など)を発症することを発見し、Tregの存在を明らかにしました。がん免疫療法は免疫応答の正の側面を強化するため、自己免疫疾患を誘発する可能性に十分に注意して治療を進めることが重要と考えられます。

がん免疫療法は獣医学分野においても、研究と臨床試験が急ピッチで進行中であり、近い将来がん治療法の新しい選択肢になることが期待されます。私たち獣医師は腫瘍免疫学について十分に理解を深め、準備しておく必要があると思いました。

 

 

 

 

  • 参考文献
  • Impellizeri JA et al. Tel-eVax: a genetic vaccine targeting telomerase for treatment of canine lymphoma. J Transl Med. 16: 349 (2018) PMID:30537967
  • Maeda S et al. CCR4 Blockade Depletes Regulatory T Cells and Prolongs Survival in a Canine Model of Bladder Cancer. Cancer Immunol Res. 7: 1175-1187 (2019) PMID:31160277
  • Panjwani MK et al. Feasibility and Safety of RNA-transfected CD20-specific Chimeric Antigen Receptor T Cells in Dogs with Spontaneous B Cell Lymphoma. Mol Ther. 24: 1602-14 (2016) PMID:27401141
  • Panjwani MK et al. Establishing a model system for evaluating CAR T cell therapy using dogs with spontaneous diffuse large B cell lymphoma. Oncoimmunology. 9: 1676615 (2019) PMID:32002286
  • Rotolo A et al. Genetic re-direction of canine primary T cells for clinical trial use in pet dogs with spontaneous cancer STAR Protoc. 2: 100905 (2021) PMID:34746864
  • 西川博嘉. これからのがん免疫治療 第一版. 日本医事新報社 (2024)
  • 世界獣医がん学会 (2024) プロシーディング

 

 

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